番外編6 

 「違和感」と「バランス」

 

先日、あるインテリアデザインを学ぶセミナーに伺ってきました。

 そのセミナーで思い出したのは、子共の頃に好きだった事です。そして、

夢中になって遊んでいた物、学びたかった事、今でも夢中になる事は、

 

1:絵を描く事

2:トランプゲームの神経衰弱

3:ジクソーパズル

4:レゴブロック

5:ピアノ

6:本を読む事

 

 このつに共通する事は、「違和感」と「バランス」です。

 

1:絵を描く時には、頭の中で描いた物と実際の絵と違う事が多かったの

  ですが、描く枚数が多くなるほど、「違和感」なく描く事ができました。

 

2:トランプの神経衰弱では、置かれた場所が少しでもずれると元々あった

  場所の記憶が異なる=「違和感」を覚えてしまい、その結果、間違った

  場所を選んでいました。

 

3:ジグソーパズルは、ピースそれぞれの形状が一致しない「違和感」を

  目(視覚)と指先(触覚)で判断しながら、正確な位置を探していました。

 

4:レゴブロックの形状はそれぞれ特徴があり、その形の「違和感」を指先で

  覚え、積み重ねながら、どう重ねれば思った通りの形になるのかを学んで

  いました。

 

5:ピアノでは、指先と音で、聞こえてくる音の位置を、指先の感覚と

  一緒に覚え、そして、「違和感」のない音と指先の調和に繋がる

  「バランス」感覚を養っていたようです。

 

6:本を読む事では、言葉の並べ方から、その作者が伝えようとしている

  思いを学んでいきますが、ハッピーエンドとなるストーリーなのか、

  アンハッピーとなるストーリーなのかを、言葉の並べ方の「違和感」から

  読み解いていました。特に、推理小説が好きだったのは、文面から

  「違和感」を感じ取り、作者が描く答えを知る事を楽しんでいたようです。

 

なぜ?こんなお話をするのかというと、先日のセミナーで見せて

頂いた、貴重なグラスのこの写真が端を発しています。

 

この写真を見て、皆様は最初にどのグラスに目が行きますか?

また、このグラスから感じる「違和感」は何処にありますか?

 

このグラスの写真はどれも高度な技術で創作されたものですが、

見て直ぐに目が行く装飾的なグラスはどの方々にとっても、

高価な物と写るはずです。特に有名な方の作品だと言われると

なおさら、目を引く装飾グラスに目が行くはずです。

 

ですが、実は、写真2にある、この小さな透明のグラスに、

見た目からは知る事の出来ない、ガラス加工技術が込められています。

写真2

 

このグラスは、真ん中部分は厚めになっていて、口をそえる上側が

薄くなっていく構造です。この均一ではない厚みを整えていく工程が

難しい技術となります。

 

このグラスの厚みの形状違いを、目利きのプロ方は触らずに

見抜く事が出来ます。何故だと思われますか?

 

ヒントは「光」です。

 

人の視覚は、光が大きな影響を及ぼします。

人が色を識別するには光が必要だからです。

その原理はまた、追々伝えていきます。

 

グラスの厚みに話を戻しますが、グラスの厚みが均一の際は、

グラスの陰影が上から下まで均一に見えますが、このグラスは

内側の厚みのある部分だけ、陰影が太く見えています。こうした

見え方の「違和感」を感じ取り、技術の高さを見極めるのが、

プロの方です。

 

何故?そんな見極めが必要なのか?ですが、

 

これからは、消費税も上がるとなると、今以上に、海外からの製品が

流通する事で安価な大量生産品が溢れ、そうした製品を求めざるを

えない状況になっていきます。そうした安価な大量生産品を生産する

企業では、効率的な生産性が求められ、高度な機械化が進んでいきます。

そのため、これまで機械では出来ない高度な業務に従事されていた技術者の

方々や、単純作業に従事してこられた従業員の方々の仕事が減る=対価が

減る事になります。そうすると、これまでの生活環境を保てなくなり、

自社製品以外の生活必需品を購入する際、対価の減った従業員の方々は、

自社製品以上の安価な製品を購入する事になります。そうすれば、勤めて

いた会社も更に安価な製品を製造していく事となり、また、従業員の方の

対価が減って行く事になります。

 

グローバル化が必要だと言われる昨今ですが、安易に海外の製品だから、

社会貢献となるからと、「正当な価値のある製品」であるのかも知らずに

購入される事が本当に良いのかが疑問に感じます。特に、これまでは、

国内製品と、海外製品との正当な価値の線引きが、高度で、貴重な技術力を

持った日本の技術者、職人、クリエイターによって「バランス」が保たれて

いました。

 

ですが、こうした貴重な方々が高齢化に伴い、現場を離れていきました。

また、そうした高度で貴重な技術や知見は、海外の企業に取って代われる程に

近づいてきた事から、「正当な価値ある製品」の線引きが厳しくなっています。

 

そうした日本らしい高度で貴重な技術・知見を、次の世代に継承出来ないまま、

グローバル化が進んでいく事、なんでもかんでも海外のトレンドだからと

取り入れる事が本当に良い事なのでしょうか?

 

本来、高度で貴重な技術には、体得するだけの時間=試行錯誤する時間が

必要です。また、その時間には、時間的なコスト(作業時間)と、そして、

試作品を創作するための原材料費、人件費、その他雑費が多く掛かっています。

 

また、こうした「正当な価値ある製品」が創り出されるには、何故この製品が

良いのか?といった、お客様にとって本当に必要なニーズを調査する、また、

その調査結果を踏まえながら技術者を説得し、資源を無駄なく活用する製作

工程を一緒に創造する、貴重なクリエイターの時間的コストも掛かっています。

ゆえに、「正当な価値ある製品」は、それだけの時間と課程の見えない価値が

伴っているため、「正当な価値ある製品=高価な製品」となります。

 

ですが、逆に、安価な製品は、「正当な価値ある製品」に似せ、国内外で

不平等な対価を強いり、また、過剰な機械化によって、人件費をカット=

工賃を安くする方法で製作していきます。

 

もちろん、安価な製品は、機械やテクノロジーという高度な技術により、

貴重な人達の衰えた技術を補ってはくれます。ですが、機械化によって、

技術を補ってもらう事は、熟練された技術者の方々にとっては良くても、

これから、高度で貴重な技術を体得していく後継者には向いていません。

特に、日本の高度で貴重な技術は「人」本来の指先の感覚や五感を活かして

育まれてきた財産であり、世界的に見ても貴重な技術だからです。

 

もちろん、そうした技術を再現する技術も少子高齢化が進むにつれて研究

されてはいますが、その研究・開発が出来るのも、土台である技術者の

方の経験と知見によるものです。そうした技術や経験を体得しないまま、

子供達が大人になって、今の技術者、職人、クリエイターと同じように、

高度で貴重な技術を継承できるのでしょうか?グラスの例のように、一目で

グラスの厚みに対する違和感をくみ取る事が出来るのでしょうか?現代の

モノ余り時代と、閉鎖的な教育方法、海外のトレンドに左右される現状から、

私は、そうした未来に疑問を感じます。

 

ただ、ある意味、安価な大量生産品は、多くの消費者の方々に、

スピーディーに、経済的な負担を軽減しながら届けるには、良い時も

あります。ですが、現在の国内外の経済状況では、出来るだけ良質で

長く愛用出来る製品を購入し、子供達にも安心して遊ばせる事が出来る

自然環境や、人の生活環境にも配慮した、より良い循環型社会を整えて

いく必要があるのではないでしょうか?これからは、本当に価値ある

製品を見極め「賢い選択」が出来るようになっていくべきだと、私は

思います。そのためには、古き良き時代のように、自営業の方々が、

家族のように集い逢いながら、お互いの技術を高めあっていく、そんな

場所で、子共も安心して学べる場所を創る事が、大切だと私は思います。

 

そして、昨今の不安定な経済状況の中で、今以上に、効率的な生産性を

求め、人件費を削るという悪循環が続くという事は、安価な製品であれ、

高価な製品であれ、購入して下さる消費者が減る=従業員の方の収入が

減る=購入して頂ける機会が減ると言う事に繋がります。

 

そうした流れを少しずつでも緩和していくためには、顧客であり、

従業員でもある、私たち消費者自身が、本物を見極める目を養って

いく必要があるのではないでしょうか?

 

高価=本物ではなく、「正当な対価が支払われた製品=価値ある製品」

 

を見極める目が必要です。

 

以前の番外編のブログで、「エシカル」製品がすべて良い製品というわけ

ではないとお伝えしましたが、「エシカル」の意味は「倫理的な消費」を

意味します。その「倫理的な消費」には、本物を見極める目が問われます。

 

ただ単純に「オーガニックコットン」だから「エシカル」なのではなく、

「オーガニックコットン」を作る迄の課程や、製品になるまでの工程の

中で、どれだけ「環境」や「人」に対して「倫理的な消費」を考え、生産

されているのか?を知る事が大切です。そのためには製品になる迄の

作業工程を見に行く、本を読んで見る、職人さんと一緒に自身も創作を

体験する。また、安価な製品との違いを知る「違和感」を感じる術を体得

するなど、実践で「バランス」感覚を養う、製作体験も必要です。

 

また、現在の日本では、技術者の方が沢山いる小規模事業者の職人さん達が、

親の仕事を継げない現状があります。そのため、製品単価を上げても、いつ、

その製品の価値を理解してもらえるかも分からず、別の仕事に従事せざるを

得ない。または、単価を下げて、自身も販売する場所に足を運んでいます。

また、そうした販売活動をする事で、お客様との接点が増え、理解を得て

頂く事も可能ですが、職人やクリエイターの方々も「人」です。家庭も

あります。また、販売に行った先が遠方であればあるほど、家族との対話も

減り、作業時間も減っていきます。

 

そのため、販売に行った後の作業が深夜まで及び、今まで以上に質を上げる

事も難しくなっていきます。そんな悪循環の日々の中では、いくら高い技術が

あっても生産性が上がらない環境下となり、継承者がいなくなっていきます。

 

発展途上国の方々への技術支援なども、もちろん大切ですが、安価な製品を

供給する事で支持を得ている企業先様では、その国の方々の技術が上がり、

人件費が上がる頃には、また、別の国で、人件費の安い場所で、安価な製品を

作る事になります。その度に、日本の高度な技術を持つ職人やクリエイターの

方々の仕事が減り、逆にやっと、安定した生活を送り、最初に技術を体得した

途上国の方々が、新しい途上国に仕事を奪われ、収入源を失っていく事にも

繋がります。

 

そした悪循環を少しでも緩和していくためには、途上国の方々に安価な

大量製品の生産を依頼する先進国の私たちが、出来るだけ、モノづくり

本来の意義と意図を学びながら

 

「正当な対価が支払われた製品=価値ある製品」の価値を知り、

 

伝えていく必要があるのではないでしょうか?そして、出来るだけ、

安価な大量生産品の購入を控え、国内製品もしかり、発展途上国の

製品もしかり、どちらの国の製品であっても

 

「正当な対価が支払われた価値ある製品」

 

を購入していくように努めていく事が、大切だと思います。そのためにも、

まず、本当に価値のある製品を見極める目を養っていく必要があります。

 

プロのような目を持つために、何もむずかしい事から始める必要はありません。

冒頭でお伝えしたように、子共の頃から、また、子共の頃に学んだように、

五感を使って、「違和感」を知る術をまずは体得される事から始めてみて下さい。

また、出来るだけネットでの購入は、信頼出来る先様でのご購入だけに控える

のも良いと思います。そして、国内では、ご自身の住む場所で「人」を大切に

されている職人の方々、クリエイターの方々のいる場所に出向いてみて下さい。

そして、環境に配慮されたと言う製品タグだけを見るのではなく、その製品の

工程や価値を知る方法も教えてくれる場所に出向かれるのが、価値ある製品を

見極める近道だと思います。

 

そうした場所で紡がれたご縁が繋がり、その場所から、これからの子供達にも、

本当に大切な価値ある製品創りの意義を伝える事が出来るのではないでしょうか?

 

また、お子様には小さなモノやコトから、「違和感」を感じ取れるような

学びの場所に、ご家族で一緒に出かけてみてはいかがでしょうか?

 

昔のようにご近所の大人から、指先の感覚で削る竹の羽づくりを学び、

遠くに飛ばない削り不足の「違和感」を覚えた竹トンボ、バランス感覚を

養う美術での校外デッサン授業も減ってきている事から、自然と戯れあい

ながら、五感を養う場所は少なくなっていますが、出来るだけ、郊外に

出られ、五感でモノゴトを感じ取れる場所で、今回のグラスの例のように、

小さな事に目を向け「違和感」を感じ取れるようになっていただけると、

 幸いです。

 

 

追伸

今後の自身の学び逢い活動の中では、ご紹介したい方々と一緒に

活動を行いながら、皆様に「正当な価値ある製品」について、

学び逢って頂けたらと思います。

 

また、オリジナル商品の創作活動では、皆様とご一緒に、

実践での創作活動を交えながら、大人も子共も働きながら

学び逢える場創りを考えて行きたいと思います。その際は、

これまで、近畿圏でご縁を頂いた場所、新しい場所から、

ご案内をさせて頂きたいと思います。

 

ご案内についてご興味がございました際は、友人達が

集い逢う場所のように、ふらっと立ち寄って頂けたら、

嬉しく思います。今後とも、応援のほど、どうぞ、

よろしくお願い申し上げます。