番外編2

 

「デザインと原点」

 

本日、令和元年が幕を明けました。

 

令和年号の典拠となった文章。

 

「初春の令月にして気淑く風和らぎ

梅は鏡前の粉を披き 蘭胚珮後の香を薫らす」

 

この原文で使われている文章は、とても

柔らかで、みやびな言葉が印象的だったとの

ご意見もあったようです。

 

皆さまは、この万葉集の文面にどのような

イメージや思いがありますか?

 

私は、これまでの人生を振り返ると共に、

ファッションの世界に足を踏み入れたきっかけを

思い出しました。

 

そして今もなお、このファッションという

一見華やかではありますが、とても奥深く

人の五感に深く係っている世界に心惹かれるのか?

という思いを改めて考えさせられた文章となりました。

 

私が最初にこの世界に足を踏み入れたのは、

 

1:平等な教育

2:差別を失くす

3:家族を養っていく

 

この3つの思いがあり、

この世界に足を踏み入れました。

 

元々、子供の頃から絵を描く事、

本を読む事は好きでしたが、

絵描きさんになる!という思いは

ありましたが、ファッションデザイナーを

夢見た事はありませんでした。

 

厳格な男尊女卑教育世代でもある、

父から相応の社会経験を終えたら、

女性が大学に行く必要もなく、

結婚をして、子を産み育てるのが

女性の幸せだと教育されてきたので(苦笑)

 

といっても、素直に父親の言う事を

聴く性格ではなった事もあり、父の

闘病生活と、就職活動時の差別問題もあり、

今の世界に足を踏み入れる事となりました。

 

令和の元号とは異なり、どちらかというと、

手に職をつけて、平等な教育と差別を

失くして、女性でも家族を養う事が出来る!

それを証明したい!そんな思いから始まった、

今の職業です。

 

絵を描く事で食べていける職業=ファションデザイナー

 

という、爽やかさの欠片もない(笑)

意地で足を踏み入れた世界でもありました。

 

子共の頃からダメだ!と言われた事に対して、

無理だと言われるならやってやる!そんな反発

精神だけが人一倍強い、ただただ無知な子供が

思い描いた夢でもあります。。。

 

そして今も、モノ余りの現代で、ビンテージ製品や、レンタル製品、

安価な製品が世の中にあふれ、これからはモノを創り続ける事よりも、

もっと必要とされるサービスや、商いがあると言われる中、個人事業主

として、今後もファッションの世界で仕事を続けていきたいと思っています。

 

何故?そんなにコストも、時間もかかる皆さまが思うほど、

楽ではないサービス残業満載!(笑)、ブラック業種の

代表格のような、世界で生きて行きたいと思うのか?

 

そんな問いかけでもあったのが、令和元年でした。

 

一時、家族の体調不良に、火災、自身の諸問題等から、

この世界を休ませて頂いた時期があります。

 

その時、ニュースを見る時間もなかった中、たまたま、

聴く事となった子供達の悲しいニュースがありました。

 

小さな女児二人が、イジメを苦に手と手を繋いで飛び降り、

この世を去ったニュースです。そのニュースを聴いた時、

何故?こんな小さな子供達が?。。。

 

そんなやり切れない思いから、少しずつ、ニュースを聴く

機会をつくり、家族の事だけでめいいっぱいだった時間を

取り戻すため、今の世の中で起こっている事を学び始めました。

 

そうして学んでいくうちに解ってきたのは、現代の大人も子供も、

ファッションの世界では当たり前である「個性」を、なぜか?

否定する教育制度や、思考、他者と同じであるを「良し」とする

考え方がある事が判りました。

 

また、ある別の女児のイジメによる自殺では、その子に絶対音感が

ある事に対しての、偏見や差別意識の拡張、大人も一緒になって

子供の個性を否定している。そんなニュースも聴きました。

 

それからは何故?そんな偏見が起っているのか?を知る場にも足を

向け、今の子供達の教育制度では、美術や家政科の時間が縮小されて

いる事も知りました。

 

こうした科目は、ファッションの世界のみならず、色んな業種業態で、

今になって注目されているデザインの思考力にも繋がる学びです。

 

また、個性という個を大切にする学びとなる必須科目でもあると、

私は思っています。ですが、残念な事に、そうした学びは不要となり

つつある?と知りました。

 

そうした悲しい事実を知る度、ファッション=衣料=

布地を取扱う世界は、人として深い思い愛を可能にする

世界だと思っている自身がいました。

 

だから今もなお、このファッションの世界に携わりたい、

また、一枚の布地から、人と人とが互いの個を認め合い、

学び逢う事の大切さを知ってもらいたい。そう、思う自分が

いる事と改めて知りました。

 

今後はスローで、小さな活動となるかもしれないけれど、

これからも続けて行きたい、関って行きたい。今日から

明ける令和という年号の意味を改めて見聞きし、そんな

続けて行きたい思い=原点を改めて感じた次第です。

 

そんな自身のファッションコーディネーター/デザイナーとしての

成長と共に、大切な思いに気付けた事から、この世界に入った意地?

のような思いは消え、今は、令和の元号に沿えるような活動が出来る

コーディネーターであり、デザイナーになれたらと思います。

 

また、「デザイン」という言葉は多様な意味と役割を担っていますが、

ファッションの世界でのデザインは、私の知るデザインの中で、一番

多様な答えを持つ、難しくもあり、深く人を知る最適な職種=職位の

ように感じています。

 

例えるなら、「デザイン」は本来正しい答えは、多様にありますが、

家電製品等のDesignは、ある程度答えが集約されます。なぜなら、

ユーザーの使用用途が限定される事、機能も限定されるからです。

 

 

ですが、ファッションの世界での「デザイン」は、生きている人の数

だけのサイズ感と、多様な布地の特性、加工方法(プリーツ等)、

アイテム(ジャケット、スカート等)、季節性、機能性、これだけの概要を

全て掛け合わせながら、又、各アイテムのカラーやデザインのディテールを

活かして、コーディネートも踏まえてデザインを起します。

 

それだけに、着用する顧客次第となる、無限大の答えを見つけ出し、

その世界観を否定する事なく、逆に個性的である事を褒め称え、

認め合う特殊な世界でもあります。

 

また、人がこの世に生を受けた時、母の母体=皮膚という

名の布地を覆い、生れてきます。その最初に触れるのが、

母の肌であり温もりですが、次に触れるのが、第二の皮膚でも

ある布地です。その布地から学べる事は、まず、人という体の

構造だけでなく、人の本質の改善、自身でも気付いていない

ストレスを軽減する効果となります。

 

布地は、肌触り、通気性、機能性、色彩効果、サイズ感

等々によって、人の体に一番近い製品としての役割=

多様な触覚、視覚、嗅覚等の五感のストレス軽減も

担っているからです。

 

そうした、一見華やかで、着飾る為の用途に思える衣料品は

人の五感に対して無意識のストレスを与える、又は、軽減する

貴重なツールでもあります。

 

そうした貴重なツールである布地の衣料品=製品=モノ創りでは、

人を深く知る観察眼が必要とされます。一見、好きなデザインを

発信しているだけのように感じるラグジュアリーブランドも同じです。

何故?このデザインなら?この色なら?このサイズ感なら、この素材なら、

人はストレスを抱えずに快適であり、また、自身の個を活かそうとするのか?

開放的な気分になるのか?をアタマでなく、心で感じる=人を観る=認める

事が出来ないと、デザイン=描く事が出来ない世界です。

 

特に、家電と異なり直接肌に触れる機会の多いモノ創りであるがゆえ、

個々のライフスタイルに応じて「人を観る力=個を認める力」が特に

重要視される世界でもあります。

 

そうしたファッションという人を観る目が問われる特殊な世界で、

今後は、モノを創る=デザインの原点を知る=個と個の学び逢いに

繋がる共創製作、学び逢いの活動等から、これからの子供達にも、

個を大切にしながら互いを認め合う、ファッションというモノ

創りの大切さを伝えて行けたら、幸いです。

 

また、いつかは、小規模の活動であっても、モノ創りの活動を

通じて、多種多様な大人と子供達が学び逢えるコミュニティーの

場創りに繋げて行きたいと思っています。そうした場所では、

日本だけでなく、国内外のライフスタイルを深く知り逢いながら、

地域の発展と共に、技術・文化継承を学び逢って頂けたらと思っています。

 

大人も子供も「働きながら学び逢える」そんな場創りを、今は夢見ています。