「ファッションの本質」

 

【ファッションは商いであって芸術ではない】

この言葉は、あるラグジュアリーブランドの

トップクリエイターの名言ですが、こうした

思いを聴かれて、皆さまはどう解釈されますか?

 

この言葉の後に続く、内容を読まれても、実際は、

彼の言葉の意味や本音は彼自身でしか、知りえる事は

出来ませんが、私はこう解釈しています。

 

ファッションの世界は、衣料品が中心です。

 

その衣料品は、飾るためにあるのではなく、

最後の仕上げとして、また、最初の創作の

原点に、「人」という普遍的な存在が必要

不可欠でもあります。

そうした「人」への敬意と、観察眼が

大切である事を伝えていると、私は

解釈しています。

 

というのも、この言葉の後に続く内容は、

生き生きとした女性=「人」が着用される事で、

初めて意味があると、伝えているからです。

 

商いの原点は、「人」ありきであり、

「人」の存在価値や、着心地までを

提供出来ないデザインは、ファッションの

世界では通用しない=理解を得る事は出来ない。

そう伝えているように、私は感じています。

 

私はラグジュアリーブランドのデザイナーでは

ないですが、ファションの世界に携わる人として、

考え方は同じです。

 

デザインをおこす時、最初に描くのが、

人の体のラインを創造しながら、

デザイン画(スタイル画)を描きます。

 

勿論、最初から衣料品の形だけを描く、

ハンガーイラストという、衣料品を

テーブルの上に置いて、写真を撮ったような、

デザインを描く事もありますが、そうした

デザイン画は、まったくの素人の方が描かれるか、

または、全ての人の体型を熟知したプロが

設計図のように描くかのどちらかです。

 

ですが、ラグジュアリーブランドでは、

必ず人の体のラインや着用時を意識した

スタイル画から始まります。

 

なぜなら、必ず、モデルという「人」に着用

させての仮縫いが幾度となく行われるからです。

 

その為には、まず「人」の普遍的で自然な

曲線美を創造する事が出来なければ、

その衣料品は、美術館に飾られるだけの技法

であり、装飾を眺めるだけの芸術品でしかない

からです。

 

では、芸術品ではいけないのか?それだけ

素晴らしい技法と共に、称えている事が

いけないのか?という疑問もあるかと

思います。ただ、私はそういう意味を、

彼は伝えたかったのではないと思っています。

 

芸術的な装飾技法や、柄等も又、職人や、

クチュリエ、クチュリエ―ルという人が

携わっている事から、そうした方々への

ご苦労を労う思いと共に、技法への最高の

尊敬の念はデザイナーからの言葉ではなく、

着用して頂く「人」からの心からの感謝の

意であり、感嘆の声だと私は思うからです。

 

よく、ファッションショーのフィナーレで、

デザイナーがランウエイを歩かずに後方で

挨拶をするだけ、または、称えられるべき

美しい共創作品でもある、衣料品を着用した

モデルを前に、肩を並べて挨拶をする

デザイナーの姿をみられた事はありませんか?

そうした行動に、トップクリエイターの思いが

感じられます。

 

「称えられるべきは、このショーに携わってくれた

職人や、関係者である」

 

そう伝えているように私は感じます。

 

そして、そうした評価であり、尊敬の念は、

人から人の手を紡ぎ、最後にその作品を

着用して下さる顧客であり、「人」に届ける事で

本当の評価や価値を伝え聴く事が出来ると。。

 

そう、語っているように思うからです。

 

そうした貴重な価値のある作品を、親から子へと

紡げるように、最高の素材、最高の技法を使って

表現する事が大切という思いにも通じています。

 

また、これからの子供達にも、第二の皮膚でもある

衣料品に袖を通す事で「人」本来の第一の皮膚=五感で

人と人との大切なツナガリや、思いを感じてもらえる

事が出来る。そんな思いも込められているように

感じます。その代表的な衣料品であり、日本らしい、

継承方法が、「着物」ですね。

 

日本に代表される「着物」の継承文化は、

形を変えて西洋の民族衣装などにもあります。

そうした民族衣装をRe-designされる事が、

ラグジュアリーブランドのコレクションでも

多く見られる事から、世界共通の継承文化だと

知る事が出来ます。

 

そうした、各国での衣料品による「継承文化」を

通じて、人から人へと紡がれてきた思いや技術は、

美術館に飾るのではなく、人という最高の表現者を

通じて、世代を超えて袖を通し感じ逢えれば、多くを

語らずとも、次の世代へと大切な思いや技法は、

必ず引き継がれていくと。

 

そう伝えているように、私は感じています。

 

その思いはコレクションのランウェイを歩く

モデルさんではなく、リアルな顧客を意味して

います。

 

トレンドは、トップクリエイターが創り出す

ものではなく、顧客のニーズを感じ取り、

コレクションという場で表現する事で生まれる

ニーズだからです。

 

だから、

「ファッションは商いであって、芸術品ではない」

そうした言葉に繋がったと、私は思っています。

 

商い=「人」と「人」との思いを紡ぎ逢う事

 

という事だと。

 

ただ、ここで間違ってほしくないのは、

最高の素材、最高の技法=高額製品

ではないという事です。

 

言葉を変えると、着用される「人」の

ライフスタイルに応じて、

「最適化された素材」「最適化された技法」こそが、

「最高の素材」であり、「最高の技法」であるからこそ、

「ファションは商いであって、芸術品ではない」

という事でもあります。

 

その答えにも、「人」と言う大切な

紡ぎ逢いを通じて知る事が出来ます。

 

このお話の続きは、以前のブログでお伝えした

1枚の紙や布地への問いかけや、人の発汗作用などにも

繋がっていきますが、そうしたお話は、もっと噛み砕いた

身近なお話で、これからのリレー形式のコラボセミナー、

今後の創作活動も通じて、皆にもリアルに体験し、感じ

逢って頂けたらと思っています。

 

おまけ

デザイナーによっては、素人?と思えるような

ラフなスタイル画もありますが、そのラフな

スタイル画には、プロの方でしか分からない、

アイデアが沢山詰まっています。

 

そのアイデアは、どうすれば普遍的でありながら、

人間本来の自然な曲線美を引き立てる事が出来るのか?

そうした思考によって描かれた本物のデザインは、

他者のデザインを素材だけ置き換えて創作出来る

ものでもなく、デザインを創造するに至った人生感や

プロセスが重要だと言う事です。

 

見せかけのデザインは多くの方々に感動を

呼び起こす事はなく、普遍性はないという

事をご理解頂けると幸いです。

 

そのための装飾(刺繍、柄等)は、どの位置に、

どの色をコーディネートすれば良いのか?そんな

プロでしか表現出来ないアイデアが沢山詰まって

いる事も、頭の片隅にご記憶頂けると幸いです。